黒倉山東壁

黒倉山東壁 イメージ

1977年3月19日〜21日
 パーティ/L 小田中 智、渡邉 正一

 この計画は、5月の利尻岳登攀に備え、その訓練段階として計画が生まれた。
  「今、我々に不足していることは」と考えると、積雪期の登攀である。しかも、夏に登っていないルートで、ルートを探しながら雪の付いた壁を工作しながら登ることである。
 1月には、猿岩の夏登ったルートを登攀したが、人工ルートのためルートを探す必要もなく、その面では楽な登攀だった。
 そこで、10年以上も前の夏に先輩が登り、今まで誰も手を付けていなかった黒倉山東壁が頭に浮かんだ。


3月19日
 7時渡邉の車で盛岡を出発、県民の森から小雨降る中を夏道通り歩き始める。七滝分岐手前で今日の行動をうち切り、ツエルトを張る。
 いつしか雨も上がり、月が明日の登攀の成功を祝っているかのように美しかった。明日の登攀の模様を想像していると、なかなか眠れず、熟睡できないまま朝となってしまった。

タイム/県民の森(20:10)→七滝分岐手前(21:20)


3月20日
 5時半起床、軽い朝食を済ませ、ツエルトをたたみ出発する。樹林帯に入ると固まっていない雪に足を取られ、ラッセルを交替しながら登って行く。
 左に寄りすぎたため、峠へ出ず、そのまま登り夏道と合流する。オオシラビソの中はラッセルが深く、林の合間に層雲に覆われた黒倉山がチラチラと見え、ラッセルを急ぐ。
 進むにしたがって黒倉山の全容が現れ、一瞬立ち止まってルートを追う。
 焼切沢の橋を渡り、1,194mの沢岸にツエルトを張り、ベースを設ける。登攀用具をザックに詰め、出発する。
 黒倉山正面ルンゼの右の尾根から取付き、樹林帯を抜けるとクラストした雪面に変わったのでアイゼンに履き替え、黒倉山のリッジの下まで行ってルートを観察する。リッジの左の側壁は下部が垂直に近く、難しそうで、リッジは要所要所ハングを形成しているため、登れそうもない。
  「先輩たちが登ったルートはどこだろう」と思いながら左に回り込み、側壁の基部に行ってみると、岩には氷が張り付いていて難しそうだが、ここしかないようだ。
 登攀用具に身を固め、10時45分、小田中トップで登攀開始。初めの不安は今では自信とファイトに変わり、慎重に登り出す。
第1ピッチ(小田中トップ)
 出っ歯とダブルアックスで4mの氷壁を登り、灌木混じりの6mの岩にランニングビレーを取りながら、岩のバンドを右に5mトラバースして、スラブに入る。15mのスラブはベルグラがベッタリ張り付いており、ピッケルで掃除しながらホールドを探すが、ジーンと冷たく痛くなった指を励ましながら一歩いっぽ体を上げていく。
 スラブの出口でハーケンを1本打ち、アブミを1個使用して乗り切り、1ピッチを終える。
 斜度はルート中で一番きつく、垂直に近いため、最も困難なピッチだった。
第2ピッチ(渡邉トップ)
 渡邉にトップを交替したら、「やめて帰ろう」と言いだした。確かに1ピッチ目は垂直に近く困難であったが、これからは傾斜も緩くなり、幾分楽な登攀になるだろう。こんなことぐらいで止めたんじゃ利尻岳登攀はおろか、岩登りなんか止めた方がいい。困難を克服してこそ岩登りの楽しさがあるのではないか。
 頭にきたので、「よし、帰れ」とどなったところ、「よし、登る」といい、岩の陰に姿を消して行った。7mの凹角を微妙なバランスで乗り越し、ハングの下を2m左にトラバースして雪壁に入る。雪が腐っているため、足場が確保できず、苦労して登り、スノーリッジで2ピッチ目を終える。
第3ピッチ(小田中トップ)
 スノーリッジからハングを左に回り込み、次のバンドを左から回り込むようにして乗り越そうとするが、ハーケンを2本打っても無理なので、回収して戻る。
 2段目のハングの下から、今度は右に回り、5mの凹角に入り、ハーケンを2本打って乗り越し雪壁に入る。岩はボロボロだと記録にはあったが、今は氷化しているため堅く、安心して登れるので、当時の先輩の苦労が伺える。
第4ピッチ(小田中トップ)
 雪壁から始まり、3mのクラック上の岩に入る。出口が悪く、微妙なバランスを保ちながら、片手を離しての氷掃除はきつい。ようやく乗り切り、雪壁に入る。この雪壁も悪く、雪の層が不安定な上、ハイマツ帯なので腰まで潜りながらの登攀は、神経を使い、一歩一歩確実に高度を稼ぐ。
第5ピッチ(渡邉トップ)
 左寄りにスノーリッジを登り、スノーバンドを右に3mトラバースし、2mのスラブを直登し雪壁に入る。この雪壁も軟らかく一苦労する。雪の状態が良ければダブルアックスで快適に登れたであろう。
第6ピッチ(小田中トップ)
 ハングを右に回り込み、3mの凹角に入り直登し、スノーバンドを3m右にトラバースし、岩のリッジに取付く。しかし、被り気味で体か宙に飛び出し、無理なため、そこから右に2mトラバースしてチムニーに入る。
 5mのチムニーは狭く、身体がようやく入る位の広さで、浅めに体を入れて、ようやく乗り切る。今度は急な3mのトラバースである。小さいかすかなブッシュをホールド代わりにし、恐る恐るジリジリとトラバースし、最後の5mの凹角に入る。傾斜も緩く、ホールドも豊富で、楽に登り、登攀を終了した。
 やった!6時間半の長時間の苦闘の末、黒倉山東壁に勝った。ガッチリ交わす握手に力がこもり、早くも次期登攀への計画とファイトが燃えていた。
 正面ルンゼは、黒倉山の岩壁を二つに分け、今登ったルートは右岩壁である。ルンゼの奥は黒倉山頂で、傾斜の緩いスロープが左から回り込むように続いていた。張りつめた緊張感をかみしめながらザイルを着けたまま頂上へとラッセルする。
 暮れてゆく夕陽が赤倉岳南壁
黒倉山東壁ルート図
を照らし、赤々と燃えている様は、まるで俺たちの心と同じ様だった。一時のロマンチシズムに満足し、背に夕陽を浴びながらベースへと下る。
 ベースに帰った頃は、すっかり暗くなっていて、疲れた体は休養と満腹を求めていた。

タイム/七滝手前(6:40)→ベース(8:40〜9:35)→取付(10:30〜10:40)→第1ピッチ(12:10)→第2ピッチ(13:40)→
    第3ピッチ(15:00)→第4ピッチ(15:50)→第5ピッチ(16:20)→第6ピッチ(17:10)→黒倉山(17:25〜
    17:50) →ベース(18:20)


黒倉山 イメージ


3月21日
 渡邉の都合で午前中に盛岡に帰らねばならず、赤倉登攀はあきらめる。
 ツエルトから顔を出すと、空はまっ青な快晴で、昨日登った黒倉山の東壁が太陽に照らされていた。疲れもすっかり回復し、ラーメンを食べて撤収準備に取りかかる。
 こんな気持ちのいい日に早く帰るなんてもったいない。悔しさを胸に秘めながら、後ろを振り返り振り返り下界へと下って行った。

タイム/ベース(8:50)→県民の森(10:10) 

                             盛岡山想会山懐10号より掲載 記:小田中 智
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