北穂滝谷・前穂東壁(盛岡山想会夏山合宿)

滝谷の全容 イメージ

1979年7月28日〜8月3日
 パーティ/L 小田中 智、砂子 勉(前半)、外口 順一(後半)

 今回は、昨年に続き2回目の夏山合宿であり、多くの会員が参加できるように、ベースへの出入りを簡単にし、全日程入れない人でも途中参加できるように、涸沢を基地とした山行を計画した。
 今年、会に入った新人が多かったので、全日程入れる人は、槍・穂の縦走を、2年会員以上は、岩登りをすることとした。
 また、後半に入る人はベースで合流し、縦走パーティと行動を共にすることとした。
 例によって、体力の強化を目的としてトレーニングを始めたが、残念ながら参加する人は少なかった。岩登りをする者については、平日の夜、川目の岩場のテントに集合し、早朝訓練をし、岩に触れる時間を多くし、「場慣れと、岩の感触を味わえる」方向へ持っていった。
 縦走パーティの高山、薄衣会員には新人訓練をお願いし、私と砂子、途中から外口が岩登りをし、中日に涸沢で合流し、後半はベースを中心にして夏道を出来るだけ多く歩いてもらうことにした。  
岩登り班の行動計画 
 ・7月29日 上高地〜横尾?涸沢(ベース)
 ・7月30日 滝谷第1尾根右ルート〜奥穂高岳
 ・7月31日 前穂高岳東壁右岩稜古川ルート?Aフェース?奥穂高岳  
 ・8月1日 前穂高岳北尾根〜奥穂高岳〜白出コル(縦走パーティと合流)〜ベース
 ・8月2日 北穂高岳滝谷4尾根〜C沢右俣奥壁雲表ルート
 ・8月3日 4峰東南壁清水RCCダイレクトルート
 ・8月4日 涸沢?屏風の頭〜パノラマコース?奥又白出合〜上高地
 ・8月5日 盛岡帰着

7月28日
  「はつかり10号」で盛岡を出発するが、縦走パーティと一緒だったため、例年にない大人数となり、車中はにぎやかで、アッという間に東京に着いた。
 新宿駅は登山者でごった返ししていたため、一汽車遅らせると座れ、ゆっくりと眠って松本に着いた。

7月29日(霧雨)
 出だしからの悪天にがっかり。ワイワイだべりながら歩いているので、単調な横尾までの道のりは、さほど遠く感じられなかった。ここで槍・穂を縦走する高山たちと分かれ、砂子と2人で涸沢へと登って行く。
 やがて霧雨は上がったが、稜線から涸沢までは、どんよりとした雨雲が垂れていた。ようやく涸沢に着き、これから数日間ここが基点となるので、念入りに整地して早めに休んだ。

タイム/上高地(8:30)→横尾(12:00)→涸沢(15:00)


7月30日(曇り)
 まだ暗いうちにベースを出発し、北穂への南稜を登る。1尾根の取付きは、B沢の少し下った所から左に入り、クラック尾根を回り込むのだが、少し早く左に入りすぎ、クラック尾根の側壁に入り込んでしまった。そのため懸垂下降でB沢に戻り、しっかりと踏み跡を確かめ、通常のルートに入って行った。
 1尾根には2本のルートがあり、右ルートに取付く。
 1ピッチは、垂直なフェースを小田中がトップに立ち、人工で登る。隣のクラック尾根はたくさんのパーティが登っており、取付きにも数パーティが順番待ちをしているのが見える。
 2ピッチは、フリーから人工に入るが、ハーケン間隔が狭いため、極力アブミを使わないようにするが、チムニーの出口がハング状になっており、人工で乗っ越し、チムニーに入って行った。
 3ピッチは、小さなハングを乗っ越して、リッジの右側のクラックに入り、ガレた尾根をたどっていくと、昨年知り合いになった雲表クラブの人達がいて声を交わし合う。
 4ピッチは、一部人工があるが、小さなホールドに強引にしがみついて小ハングを越し、ルンゼ状からバンドを左上に進む。 
 途中、足をかけた大きな石がグラッと動き、ハッと息を飲むが、落ちなかったのでホッとした。後で砂子に聞いてみると、砂子も足をかけたというので、誰もが一度は足をかけたくなる所らしい。ずっと4級ルートが続いているため面白く、また、天気も良いのでルンルンと登って行くと、リッジになり、すぐに北穂のピークに飛び出た。
登攀用具を整理し、憩いの一時を過ごし、涸沢岳へと向かう。 
 まだまだ肉体的に余裕があったので、走りながら岩稜を通過して行く。正月合宿では、ここの通過を最大のポ
滝谷第1尾根右ルート図
イントにして慎重に通過したが、今、岩を飛ぶようにして歩けるのが信じられないくらいだ。
 少々飛ばし過ぎたのか、ダレてきたので奥穂高岳には登らないでザイテングラートを下る。
 夜は雲表倶楽部のテントに遊びに行き、1年振りの再会を喜び合った。


滝谷第1尾根付近 イメージ

タイム/ベース(3:30)→1尾根取付(7:00〜7:30)→北穂高岳(11:00〜11:40)→ベース(15:00)


7月31日(晴れ)
 前穂北尾根を目指して5・6のコルへとガラ場伝いに登って行く。
 コルからC沢に入るため、奥又白側へと下り、5峰を巻くようにして残雪豊富なC沢に入る。やがてC沢は、東壁と4峰の岩場に挟まれ、狭くなり、少し登ってB沢に入る。
 右岩稜の取付きはかなり上部なので、もろいガレ状を登って行くと、取付きには先行パーティがおり、「ここが取付きだ」と教えてくれたので、確かめもせず、不安も抱かず、登攀準備をして登り出すと、雲表倶楽部の人達が来て、あまりの偶然に驚いた。
 ルート図よりはかなり難しく、フリーで登るのに大分苦労した砂子を迎えるが、正規のルートではなく、右のバリェーションルートであった。
 2ピッチから正規なルートに戻り、右上バンドを登っていると、上からガラガラと物すごい音がしたかと思うと、ヒューンとうなりながら落石の雨が降ってきた。私の頭や手をかすめる落石に、身もすくむ思いで体を伏せた。 登っている最中だったので、もし当たったらと思うと、背筋が凍る思いだった。辺り一面はプーンと焦げ臭いにおいが立ちこめ、落石の恐ろしさを物語っていた。
 3ピッチはスラブに走るクラックを登るが、先ほどの恐ろしさの余いんが残っていて、ゆっくり登って行く。
 4ピッチはハングの下を右にトラバースするが、スッパリと切れて高度感があるので、一歩いっぽ確実にトラバースし、難しいクラックを強引に乗り越し、確保する。
 5ピッチは階段状の簡単な岩場を登って行くと、北壁大テラスに着き、右岩稜の登攀は終わった。浮き石が多く、先ほどの落石はこの付近からのものと思われた。
 これよりAフェースを登るのだが、テラスから直上してしまい、バリェーションルートに入ってしまった。気づいた時はすでに遅く、そのまま登ったが、岩溝状の岩場で結構面白く、4ピッチですべての登攀を終了し、ガラ場をたどって前穂高岳のピークに立った。
 精神的にも肉体的にも疲れ切っており、奥穂高岳のピークはいつもより遠く感じられた。砂子が遅れがちなので、縦走パーティがいる白出しのコルへと急ぐ。仲間に早く会いたいと急ぐが、体がいうことをきかず、休む回数も多くなる。
 奥穂高岳のクサリ場の下で遭難者を下ろしていたため、しばらく待たされた。
前穂東壁右岩稜古川ルート〜B・Aフェースルート図
 コルに着くと、真っ黒に日焼けした縦走パーティが待っており、槍・穂の話を聞きながら砂子を待つが、いくら待ってもなかなか下りて来ないので心配になってきた。
 しばらくして、フラフラの状態で下ってきた砂子は、「もうダメだ」とばかり、テントの横に、ごろりと寝たまま動こうともしない。
  「もう歩けないので、ここに泊まる」と言うので、「クライマーたるもの、恥ずかしいまねするな!」と、先輩が口癖にしている言葉を借りて、首根っこをつかんで怒鳴りつけ、地に付いたような腰を立たせる。
 その怒鳴り声を聞いて、今までガヤガヤにぎやかな新人達は急に静かになった。
 2時間ほど休み、いく分疲れが回復したところで縦走パーティに別れを告げ、ベースへと下って行った。


前穂東壁全容 イメージ

タイム/ベース(5:00)→5・6のコル(6:00)→右岩稜取付(8:30)→前穂高岳(14:00)→白出しのコ(15:30〜17:30)
    →ベース(20:40)


8月1日(快晴)
 今日は砂子が横尾経由で上高地へ下って行った。
 私は、縦走パーティと合流するため白出しのコルへと登って行くと、テントを撤収中だった。「数人が前穂高岳に登っている」というので、縦走パーティと一緒に涸沢へと下る。 
 涸沢に着き、今までのテントを移し、2つ並べて張り直していると、やがて、前穂に登った連中が帰って来た。
 ブラブラしながら過ごすが、天気は素晴らしく、のんびりとしていることがもったいないくらいだ。
 夕方、後発の種市と橋本(直)が入ってくるため、元気のいい新人を丸木橋まで迎えに下ろした。
 夜は、雲表倶楽部の人達を招き、楽しい一時を過ごした。

タイム/ベース(8:30)→白出しのコル(10:30〜11:00)→ベース(12:00)


8月2日(曇り)
 外口と二人、通い慣れた南稜を登って行く。やがてガスが湧いてきて、岩がぬれるのを心配するが、C沢から滝谷に入ると岩は乾いており安心した。
 C沢のガレを下り、4尾根のスノーコルに着くと先行パーティがおり、見送って一休みする。しばらくノーザイルでもろい尾根を登って行くと両側がツルツルのカンテが現れ、ここでアンザイレンしてスタカットで登り出す。
 外口は新人とはいいながら、素晴らしいバランス感覚と抜群の体力を持っているので、つるべ式でどんどん登り、先行パーティを追い越して行った。たいして難しい所もなく登って、ツルムのコルへ懸垂下降する。C沢右俣奥壁にはここから左に下るのだが、折角だから残りの2ピッチを登ってから下ることにし、4尾根の核心部に入る。
滝谷第4尾根ルート図

 Dカンテは少しかぶり気味で、ハーケンにしがみついて強引に乗っ越し、登攀を終了する。ガスと風も強くなってきたので、もう1本登るかどうか迷ったが、後からパーティが登ってきたので登ることにし、D沢へと懸垂下降した。
 ルンゼを登り、ツルムのコルからC沢に下り、C沢右股奥壁雲表ルートに取付く。小田中トップで、赤茶けたもろい岩溝から登り出すが、もろい上にホールドが乏しく、慎重に登る。
 2ピッチは、外口がトップに立ちフェースへと消えて行った。部分的な人工もフリーで登り、どんどんザイルが流れていった。中間部は浮き石が多く、落石に注意しながら40mいっぱい登り、さして難しい所がないまま5ピッチで登攀を終了した。
 登攀の成功に感激し、思わず手をガッチリと握り、顔を見合わせて互いに笑みを浮かべ合っていた。
 ベースに帰ると北穂高岳東稜を登った連中が待っていた。
滝谷C沢右股奥壁雲表ルート図


滝谷第4尾根 イメージ

タイム/ベース(4:00)→4尾根スノーコル(7:30)→4尾根終了(10:00)→C沢奥壁取付(11:50)→C沢奥壁登攀終了
    (14:30)→ベース(16:10)


8月3日(曇り)
 今日は4峰東南壁を登る予定だったが、体がだるく登る気がしなかったため中止し、休養日に当てた。高木、藤田は一足先にパノラマコース経由で下山して行き、元気のよい者は前穂高岳へと向かったが、風が物すごく強いというので奥穂から引き返してきた。明日は下山日なので、残っている食料を整理し、暇にまかせてポリポリ食べてばかりいた。
 夜は雲表倶楽部のテントに招待されていたので、手みやげを持って遊びに行き、最後の夜を楽しんだ。

8月4日(曇り)
 パノラマコースを下山する予定だったが、「どうしても屏風岩を見たい」という者が多かったので、横尾経由で下山することにする。
 ベースを撤収し、雲表倶楽部の人達にお別れのあいさつをして下山したが、元気のよい者は横尾まで競争して走って下りた。

タイム/涸沢(7:00)→横尾(8:30)→上高地(12:20)


反 省
 トレーニング不足から体力不足が目に付いたが、山はあくまで体力が中心となるもので、もっと体力を強化し、力強く歩いて欲しい。
 事前研究不足のため、岩への取付きがなかなか分からず苦労したが、今後は密度の濃い事前研究を実施していきたい。
 計画変更等もあり、100%の実施はできなかったが、主だったルートは登ったので、それなりの自己満足はあるが、まだまだリーダーとして精神的な甘さがあった。
 今回の合宿は、参加人数も多く、天候にも恵まれ、和気あいあいとした楽しい山行ができた。

                            盛岡山想会山懐10号より掲載 記:小田中  智
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